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年賀状はいつから始まった?年賀状の起源と歴史

   

12月も中旬にさしかかり、そろそろ年賀状を書き始めようかという方も多いかと思います。
毎年楽しんで書く人、年賀状なんかなくなってしまえ!と思いながら書く人、出さないから関係ないという人。

そもそも年賀状という風習はいつから始まったのでしょうか。
気になったので少し調べてみました。

年賀の歴史

年賀とは、辞書で調べると

新年を祝うこと。また、その祝い。
喜寿(77歳)・米寿(88歳)などの長寿の祝い。賀の祝い。

とあります。

人類社会には、古代四大文明のころから新年を祝う宗教的儀式の痕跡が多く見られます。
現在のように暦が世界で統一されるまでは、「正月」にあたる日は各地域ごとにバラバラでした。
その各地域の正月に、前年の収穫に感謝し新年の豊穣を祈願する儀式等が行われ、家族や共同体で集まって顔を合わせて挨拶していたようです。

しかし人類の活動範囲が広がるとともに、正月に直接会えない人も増えてきました。
そのような人たちが、新年の挨拶を書面にして送るようになりました。

特に正月が重要視される東アジア圏では、古くから書面での年賀がやりとりされていました。

日本初の年賀状

では、日本で最初の年賀状は、いつから始まったのでしょうか。
年賀状が普及する条件としては、
・暦
・紙と文字の普及
・通信手段
が必要不可欠になります。

暦が日本に伝わったのは6世紀、大和朝廷に採用されたのが7世紀です。
紙が普及したのは6世紀ごろで、それまでは木片に書かれていました。
文字(漢字)は紀元前後に伝わったと考えられてます。

7世紀の大化の改新で、政治的な伝令書を届けるために畿内各所に駅馬を置く「飛駅使」制度が始まりますが、遠方との書状のやりとりが行われるのはこれ以降だと考えられます。

日本最初の年賀状は残念ながらわかってはいませんが、平安時代の貴族階級の間では年賀の挨拶状がやりとりされていたようです。

年賀状の普及

その後、駅伝や飛脚などが確立して、書状のやりとりが多くなっていきます。
戦国大名の年賀の書状も多く残っていますね。

江戸時代になると、街道が整備され、飛脚制度も充実し、武士階級だけではなく庶民も手紙を出すことが普通になっていきました。
当時日本は寺子屋などの教育環境のおかげで庶民にも「よみ・かき・そろばん」が普及しており、年賀状も頻繁にやりとりされていたと考えられています。

郵便制度の確立と年賀状

その後、明治3年に郵便事業が創業、郵便制度が確立され、全国に郵便局やポストができていきました。
郵便はがきは明治6年に発行され、それまで書状でやりとりされていた年賀の挨拶状は、郵便はがきに移行していきます。

ところが、この郵便はがきが『年賀状』として定着したことで、年末年始の郵便物が何十倍にも膨れ上がり、人員不足・配達遅延などの問題が出てきました。
そこで年賀状を通常郵便と分けて処理するために『年賀郵便』の制度ができました。


年賀状も現在ではメールやSNSで済ませる方も多くなりました。

年賀状は、書くときは大変ではありますが、新年に届くと嬉しいものでもあります。
最近は年賀状を出していないという方も、親しい友人・知人だけにでも出してみませんか。
きっと喜ばれると思いますよ。

前川企画印刷では、年賀状印刷も承っております。
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